『李毛異同(12)』 ‐袁術の書状

 

異日、印を奪い路を截つは、乃ち吾が兄袁紹の謀也。今紹は又劉表と相議し、兵を起し江東を襲う。公速やかに兵を興し荊州を取るべし、吾当に与に動き袁紹を挟んで攻めんとし、二讐を報ずべし。(「李本」第七回)

 袁術孫堅に同盟を持ちかけ、荊州を攻めさせようとする場面。上記はその際の袁術側からの書状ですけど、よく考えるとここで玉璽に関して袁術が言及しているのはおかしいですね。
 孫堅としては、表向きでは玉璽に関することは全て知らぬ存ぜぬなのですから、袁術が「あなたは袁紹に玉璽を奪われかけた恨みがありますよね」と言っても、孫堅はそれを認めることはできません。この書状を飲んでしまえば、それは孫堅が玉璽を独り占めして洛陽を脱出したことも認めてしまうことになるのですから。
 毛宗崗はこの誤りに気付いたようで、玉璽に関する一文を削っています。細かいところもしっかりチェックする毛宗崗でした。